エピペン

 エピペンを購入した、と言うとその時点で表現がまずいのかも知れない。これは自分に対して処方して貰ったのだ。

 エピペンとは 比較的最近になって知られてきた薬と言って良いでしょう。
 日本においては1995年から林野庁が輸入し“治験に基づいた使用”をしており 2003年に輸入承認、2011年に保険適応となる。
 そもそも軍事目的で開発された、普通の注射器に比べ容易に薬剤投与ができる医薬品注入器に 米名・エピネフリン 英名・アドレナリン と言うホルモンが2.0ml 詰め込まれており 使用時にはそのうちの0.3mlが射出される。


 客の看護師さんと話していて「素人が自分で出来るようにしたものなら皮下注射なんじゃないの?」と言われたが、筋肉注射です。
 衣類の上からの使用も想定してあるため「かなり太い針」が 当然多様な体型の人の筋肉に十分達するだけの長さ飛び出してくる模様。{使用期限が切れたら自分の体で人体実験してみるつもりだったけど それを知ってやる気が失せた。}




 では、そのエピネフリン/アドレナリンとは何かと言うと 主には昇圧剤と言って良さそうだ。ショック症状で血圧が低下した時にそれを上げる。
 そして気管支筋を弛緩し、気管支を拡張させて呼吸量を増加させる。
 故に蜂に刺されてアナフィラキシーショックを起こした場合に唯一有効な応急処置方法と言えるらしい。
 そして今まで仕事中に遭遇した唯一の死亡事例{頚椎損傷}の時、たまたまその場に居合わせたドクターが心肺蘇生措置をしていたのだが、周囲に「誰かエピペン持ってないですか?」と尋ねていた記憶もある。
 エピペンがあればその人が今生きている可能性があったとは全く思わないが、あればそう言う役にも立ちうるのだ、と言う思いもどこかにある。


 身近に居る医師も ファーストエイドキットの中にエピネフリンと注射器を入れていると言い、「持っていても良いのではないか」と言う意見はその人以外の方面からも耳にしていた。最近はファーストエイド系の本でもよく紹介されるようになってきている。
 エピネフリンは比較的安全性の高い薬剤だという意見もあり、「とりあえず持っておこう」と言うどこか軽い気持ちで処方を受けに行った。


 まずは電話で「エピペンが欲しいんですが」問い合わせると「まず内科の診療を受けて下さい」と言われる。
 時間を作って病院に行き 30分ほど診療待ちののち看護婦さんに呼び出される。
 「エピペンの処方ができる権限のあるドクターは院長一人なので今日は帰って下さい。院長の診療のある木曜日に来るか、予約をして下さい。」
 ムカ ときたが めったにある事ではないのだろう仕方がない。
 「何の目的でエピペンが必要なのですか?蜂に刺された時のため?お仕事は?第三者ではなくあくまで自分の為ですよね?アナフィラキシーショックの経験があるのですか?無い?今まで処方を受けた事はあります?無いなら・・少しハードルが高いですよ。」
 なんだか説教されているような気分になる会話があってその日は帰り、また木曜日に訪れると「あぁ、本当に来たのか」と言う表情で迎えてくれ、空いた診療室で使用説明のDVDを見せて貰う。

 そして院長先生の診察・説明を受けたのち 使用方法等をちゃんと理解し 自己の責任において使用する旨を明記した同意書にサインをする。

 処方後一週間程で届くことになった。
 アナフィラキシーショックの経験がないので保険非適応、診察代・消費税込で1万4千175円。
 薬剤の有効期限は20ヶ月{との説明だったが届いてみると2012年6月処方で有効期限2013年8月までだった・・・来年は蜂のリスクが高い秋まで持たんのか?!!}
 屋久島におけるこの病院の処方実績はそれまで3件、どれも病院からの遠隔地で屋外の仕事をする、アナフィラキシーショック経験者だったらしい。
 林業関係者は皆持っているという話を聞いた事があるが、どうやらこの病院以外の権限ある機関から団体として処方されているとの事だった。


 看護師さん、医師との会話の中でとにかく釘を刺されたこと{というかこっちが勝手に刺さっただけかもしれないが}としては、この自分に対して処方された薬を誰か第三者に対して使用するとそれは刑事事件、犯罪となる という事。
 それに処方された自分に対しても 家族{と医師・救急救命士・学校教職員・保育士・看護師}以外の第三者が使用するとそれも違法になるという事{これは異なる見解もあり}。
 そして一応聞き辛い事を聞いてみたのだが
 「もし自分がこの薬を第三者に対して違法に使用したとしたら、例えばドクターにも迷惑が掛かるのでしょうか?」
 答えは
 「掛かります。」
 アナフィラキシーショックの経験がない人に対して処方しているのだし、薬剤が刑事事件に使用されたとなるとその処方の正当性を問われる事になる、と。
 これは響いた。


 救急救命士ですら医師と連絡を取って指示が出たら患者に処して良い、という許可が最近になってやっと出たという薬だ。
 とりあえず持っとけ、と言う程軽いものと捉えるべきではないだろう。




 
 まず理解しておかないといけないのは法律の話。


 ○薬事法第24条『薬局開設者又は医薬品の販売業の許可を受けた者でなければ、業として、医薬品を販売し、授与し、又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し、若しくは陳列(配置することを含む。以下同じ。)してはならない。』
 罰則は
 第84条 3年以下の懲役若しくは二百万円以下の罰金、又はこれを併科する。

 「授与の目的で貯蔵し」てはならない。
 あくまで自分自身の緊急時のためでなければ持っているだけで違法。
 

 それを人に対して実際使ってしまったら・・しかも針をぶっ刺す訳だから刑法204条の傷害罪等に当たるのでしょうか?
 


 そして処方された本人以外の第三者が 本人に対して使用する時は

 ○医師法 第17条 医師でなければ、医業をなしてはならない(非医師の医業禁止)
 罰則は 
 第31条 違反者に対して二年以下の懲役又は二万円以下の罰金に処する。


 と言うのが関わって来る様なのだがこの法律に関しては以下↓の人達のブログで解説されている。
{リンク→エピペンとAEDと医師法違反: オペ・ナース養成講座〜新人手術室看護師のために
{リンク→エピペン、保育士と看護師にも容認へ (追記に注意!) =AHA-BLSインストラクター日記
 「医業とは医行為を反復継続の意志を持って行うこと。だから市民が行うその場限りの医行為は医師法違反にならない。」らしい。
医療行為 - Wikipedia→医療行為は業として行わなければ、これを全面的に禁止する法令はない。無資格者であっても、前述の条件を満たすなどの上で正当性があれば、心肺蘇生法や自動体外式除細動器の使用などの応急処置を行うことができるのは、業として行うのではないからである。}
 最近 救急救命士・学校教職員・保育士・看護師に許可が出た、との話だがこれはつまり元々違法ではない行為にお墨付きがついたというだけで、我々一般人もおそらく法律的に大丈夫なのだがグレー、という捉え方がある様だ。




 そしてこの薬そのものについて。
 この薬の持つ禁忌等については説明書に明記されている。→{[http://www.epipen.jp/download/seihingaiyou.pdf:title=[[]]]}
 医学的知識が希薄な自分の文で知ったつもりにはならないでいて欲しいので、興味がある人は自分で読んで頂きたいのだが、例えばこれを多くの向精神薬、ある種の血圧の薬と併用すると逆に血圧を低下させる事があるらしい。つまり生かすつもりが殺すこともありうる。
 だから精神病棟の救急カートには{心肺蘇生向けとしても}置いていなかった、というような話もネットで見つかる。
 副作用、の欄を見てみると頻度不明ではあるが心停止の文字もある。
 目の前に痙攣を起こして転がっている人が居たとして、「とりあえず打っとけ」と言う様な軽々しいものではない。{どんな薬でもそうか。}


 そして、アナフィラキシーショックに対して この薬さえあれば良いのか、と云うと決してそうでもない。
 まず症状が現れてから30分以内に使用しなければ手遅れの可能性があり、この薬の効果も数十分しか持たない。
 根本的に救急車が到着するまでの間の時間稼ぎなのだ。
 はたして現場において 数十分の時間稼ぎは意味を成すのだろうか?
 丁度先日 縄文杉コースにおいて 自分のお客様で顔面から転んでしまったお客様が救急対応となったのだが、事故発生が8:40、救助要請が繋がったのが10:30、救急隊の現場着は12:50であった。病院に搬送されるまでにはさらに1時間以上掛かってしまう。
 {通常山岳部での救急に対しては非番招集となるので出発までに時間がかかるのだが この時はものすごく早く対応してくれた。緊急性の高さによってはもう少し早く救助要請を繋ぐ事も出来たかもしれないが 、無線・電波の届く所がごく限られ、ヘリ救助の可能性がある場所も殆ど無い樹林帯においては数時間掛かってしまう事はどうしようもない事である。}


 だにしても“一番最初の山を超えられるかどうか”が生死を分けることもあるだろうし、エピペンを分解して内部に残った1.7mlの薬剤を注射する方法もあるにはあるらしい。{まぁそこまで想定すると色々逸脱の度が過ぎているとは思う。}





 では{法律の事は置いておいて}この薬で人が救える、と云うシチュエーションの可能性はどれぐらいあるのか?
リンク{http://www.anaphylaxis.jp/wording/010.html}←によると虫毒によってアナフィラキシーショックを起こす人は全体の0.5〜5%とある。
 私が1年間にご案内するお客様、かなり多く見積もって1000人として、可能性を持った人年間5〜50人。{自分のお客さん以外助けないと言う訳ではないが、“よく分からないけどアナフィラキシーっぽい人が突然目の前に居た”と言うだけでリスクある薬物投与になど走れない。}
 今まで7年間ガイドとして働いてきて、自分のお客様、でなくとも誰かが目の前で蜂に刺された事は一度も無い。
 可能性を持った5〜50人が 自分の目の前で蜂に刺され 確実にショック症状と言える症状を表した上 何も服用薬が無い健康体である事が確認できた、というシュチュエーションに このエピペンが使用期限を過ぎるまでの間に出会い 超法規的に使用に踏み切れる人に出会う可能性は・・0ではないだろうが、それに1万4千円も支払うのであればもっと他に有効な金の使い道もあるのではないのかという気がしてしまう。


 大体エピペン以前にタンニン酸アルコールを持っておくのも当然の事だと思う。{ポイズンリムーバーも持っているけど 実は大した意味がない、と聞いたことがある。実際どうなのでしょう??}





 では予防はできないのか。

 上でもリンクした{http://www.anaphylaxis.jp/index_flash.html}によると以下のような服装が推奨されている。

 「山ガール」とか とりあえず完全否定。
 この服装でなくてはツアー参加を認めません、とか、ツアー参加前にアレルギー検査をして必要とあらばご自身のエピペンをご用意下さいとか、流石にそんなムチャな事をお客様には要求できない。


 もっと根本的な「下手に蜂を刺激しない」とかと言う事さえ 自分たちにとっては常識的でも お客さんはよくわかっていない事がある。
 ツアー開始前の車の中でいつも トイレの位置・水分補給の必要性・コース概況・所要時間等を説明しているが その時に蜂への対処を手短に説明するのも良いだろう。
 ただ、経験則として絶望的に人の話を聞かない人というのは居るものだということ、事前説明の項目が増えすぎるとまた頭に残りづらくなることも忘れられない。
 誘因トラップや、巣を見つけて処分するような「先制攻撃」も国立公園内では難しいだろう。


 事後の対応だけにのめり込んで予防を忘れるのは愚かしく、予防策が出来ていれば事後対応を考えなくて良いわけでも やはりない。



 


 相当読みにくい上とりとめない乱文になりましたが、今回は自分の備忘として書いたということでお許し下さい。
 なにか間違っているところ、ツッコミどころがあれば どしどしお寄せ願います。
 心肺蘇生時の昇圧剤としてのエピペン使用に関しては、ネット検索では何も見つけられませんでしたがどなたか有識者の見解がお聞きしたい所です。